*本屋大賞 2006*
【本屋大賞とは・・・】
2004年に創設され、今年で3回目。
既存の文学賞への不満。書店に活気を取り戻したい。
という書店員の気持ちが、この賞を作るきっかけとなりました。
第1回は、小川洋子さんの
「博士の愛した数式」
第2回は、恩田陸さんの
「夜のピクニック」
が受賞しています。
選考の過程について】
この賞の
選考員は全国の書店員。
新刊書籍を扱う書店に勤めていれば誰でも選考員の資格があります。
書類もしくはWEB上でエントリーできます。
今年は全国で367人の書店員が選考員として1次投票をしています。
今年は僕も選考員の一人として投票しました。
詳しくはこちら→
http://hontai.jp/
【今年のノミネート作品】
「死神の精度」 伊坂幸太郎 (文藝春秋)
「容疑者Xの献身」 東野圭吾 (文藝春秋)
「ナラタージュ」 島本理生 (角川書店)
「その日の前に」 重松清 (文藝春秋)
「さくら」 西加奈子 (小学館)
「ベルカ、吠えないのか?」 古川日出男 (文藝春秋)
「魔王」 伊坂幸太郎 (講談社)
「県庁の星」 桂望実 (小学館)
「東京タワー」 リリー・フランキー (扶桑社)
「サウスバウンド」 奥田英朗 (角川書店)
「告白」 町田康 (中央公論新社)
<あらすじ>
「死神」の仕事。それは、人間の外見を身にまとい、情報部から指示された「人間」に近づく。
そして、その人間が死んでもいいかどうかを7日の間に判断すること。
「可」の判断をしたのなら、8日目にその死を見届ける。
そんな死神は、「ミュージック」をこよなく愛する「雨男」。
人間の存在や人間の死を、冷めた目で見つめる「死神」の視点が、斬新かつ新鮮で
おもしろい、第134回直木賞候補作。
<感想>
6つの短編が収録された本ですが、僕は特に表題作の「死神の精度」と
「死神と藤田」、「死神対老女」が気に入ってます。
「死神の精度」と「死神と藤田」に関しては、意外なストーリー展開と
予期せぬ結末が用意されており、すごくまとまっていて、完成度の高い
短編小説だと感じました。
人間とは違う「死神」の視点から語られるという設定も新鮮で、読んでて
飽きがきませんでした。加えて、着想のユニークさだけにはとどまらず、
「死神」の視点から語られることで、普段われわれが気にもしない
人間の行動の矛盾、不条理さ、不可解さをくっきりと浮かび上がらせることに
成功しています。小説のプロセス、そして着地点を見誤らない点は、
着想のユニークさ以上に評価されるべきところでしょう。
そして、小説の中に心に残るフレーズがたくさんあるという点も素晴らしいです。
「死神対老女」の最後の場面での死神のセリフ↓
「人間というのは、眩しい時と笑う時に、似た表情になるんだな」
こういったセリフや不意に登場する一文に、伊坂幸太郎という作家の
「センスの良さ」を感じさせられます。ユーモアな視点を持っていて、
バランス感覚に優れた、センス抜群の作家さん。
これからも要注目の作家さんです。
<あらすじ>
元ホステスの靖子は、夫と別れ、今は娘との二人暮し。
その平和な生活をぶち壊すかのごとく、突如目の前に現われた元・夫の富樫。
靖子の部屋で金を無心しようとする富樫に対し、靖子とその娘は、はずみで彼を
殺してしまう。
靖子の隣の部屋に住んでおり、ひそかに靖子に心を寄せていた数学教師の石神は、
彼女たちの犯行に気付き、靖子のために殺害を隠蔽しようとするが・・・
物理学者・湯川をして「天才」と言わしめる石神は、犯行を隠し通せるのか。
物理学者・湯川シリーズ、初の長編。
<感想>
男がどこまで深く女を愛せるのか。どれほど大きな犠牲を払えるのか――。
容疑者石神の献身に素直に感動したのは僕だけでしょうか?
「予知夢」「探偵ガリレオ」に続く、物理学者・湯川シリーズの第3弾ですが、
バリバリの理系トリックも「オカルト VS 物理学」という構図もまったく
出てきません。トリック等のミステリ的な要素はむしろ薄く、オーソドックスな
作りになっています。
ありがちと言えばありがちなトリック&予想通りと言えば予想通りの結末。
なのに、読み応え十分でした。
読みやすい文で、丁寧に事件の細部を説明し、登場人物の心理描写も
詳細に描かれているため、のめり込むように読めてしまうと思います。
連載前から直木賞を意識していたのかどうかはわかりませんが、
ミステリファンだけでなく、一般読者受けするような作品に仕上がっていました。
湯川と石神の過去の回想シーンがあるおかげで、「天才物理学者・湯川 VS
天才数学者・石神」という構図がくっきりと浮かび上がり、そこに二人の「友情」
なんかも入り込んで、なかなか味のある作品になっています。
理系人間をこよなく尊敬している僕にとって、石神というキャラクターはかなり
刺激的で印象に残る登場人物でした。
<あらすじ>
大学2年生の春、泉に高校の演劇部の顧問だった葉山先生から電話が
かかってくる。高校時代、片思いをしていた先生からの電話に泉は思わず
ときめく。だが、用件は後輩のために卒業公演に参加してくれないか、
という誘いだった。
高校卒業時に打ち明けられた先生の過去の大きな秘密。
抑えなくてはならない気持ちとわかっていながら、一年ぶりに再会し、
部活の練習を重ねるうちに先生への想いが募っていく。
不器用だからこそ、ただ純粋で激しく狂おしい恋愛小説。
<感想>
評判がよく、期待しすぎたせいか、読み終わった後にがっかりしました。
でも、この人の文体はけっこう好きです。真っ直ぐでピュアな感じがすごく
伝わってくる文体。透明感があってみずみずしい。
でも、悪く言えば「技巧性がない」って感じでしょうか・・・
誰にでも、恋愛において「一生忘れられない人」っている。そういう人とは
たいがい一緒になれなかったりする(ような気がする)。
新しい恋人ができて、その人のことを忘れてしまったと思ってたのに、ふとした
瞬間に生々しく思い出してしまうことってある。
そういう胸の痛みはごまかすことができず、延々とくり返してしまうもの。
主人公が感じている、壊れそうなほどに張りつめた気持ちに、すごく共感しながら
読みました。僕の趣味ではないけれど、この小説を好きだという人はきっと
多いでしょう。10代・20代の方には特にウケがいい小説だと感じます。
<あらすじ>
逝く者と見送る者、それぞれの「その日」
消え行く命を目の当たりにし、なすすべもなく、ただ静かに妻を見送る
父と二人の息子たち。
愛する人を亡くした後も、ささやかな暮らしは続いていく。
生と死に向き合った家族の姿を、静かに、そして繊細に描ききった感動の傑作。
「死ぬ」とはどういうことなのか? 「生きる」とはどういうことなのか?
生と死と幸福の意味を問う、感動の重松ワールド。
<感想>
2005年もっとも感動した本。丸一年分ぐらいの涙を使い切りました。
そして、「自分の死」「愛する人の死」についてじっくり考えてみたくなった。
ひこうき雲や潮騒、小春日和や各駅停車の電車・・・ そういったものを小説の小道具
として使うことで、味わい深い風味豊かな作品に仕上がっています。
短編集という形をとりながらも、各作品には関連性があり、一つの長編としても
十分に楽しめました。
愛する人の死をリアルに描ききる小説って、案外少ないと思う。
だって、それは悲しくて、苦しくて、読んでてしんどくなるだけだから、誰もなかなか
書こうとしない。
「人の死」というのは絶対的に怖くて、恐ろしくて、誰もが避けて通りたいもの。
どこか遠くの出来事で、自分の事と切り離して考えがちなもの。
だからこそ、誰もがあえて直視しないものに、真っ向から挑んでいった重松さんを
僕はすごいと思う。この小説は、「ど真ん中直球勝負」です。
だから、読んでいて少し苦しくなりました。
苦しくて、苦しくて、それでいて美しい。そんな傑作だと僕は思います。
これほどまでに「死」をキレイに書ききった作品にはめったにお目にかかれません。
いろんな短編が入っていますが、中でも、「ヒア・カムズ・ザ・サン」が僕の一番の
お気に入りです。
<あらすじ>
幼い頃からモテまくりだった兄の一(はじめ)。同じく、幼い頃からモテまくり&乱暴者で
有名だった妹のミキ。いつも家族を明るくしてくれて包容力のある母。口数は少ないけど、
いなきゃ困る父。そして、次男の主人公。
そんな明るく楽しい家族に襲いかかった事件。それは兄の自殺だった・・・
少しずつ狂いはじめた家族の歯車。母は酒浸りになり、父は家を出た。
そんな家族の中でも、犬の「さくら」は常に健気に尻尾を振り続ける。
5人の家族と1匹の犬の心あたたまるストーリー。
<感想>
まっすぐで、まっすぐで、まっすぐな小説。まさにそんな感じでした。
著者である西さんも、きっとまっすぐな方なんだろうな・・・とすぐに想像できます。
キレイなものをキレイだと感じ取ることができる感性を持っているんだと思います。
特に68ページ〜78ページの「おじいさん」という箇所は、まったく素晴らしい
出来だと個人的には思いました。このエピソードをさらに練り上げて、幅を広げて
いけば、それだけで一つの素晴らしい短編小説になり得るとさえ思ったほど。
特に子どもの描き方が抜群に上手いなと感じました。
ただ、優等生の小説(綺麗すぎる小説)やなぁ・・・と感じたのも事実。
何もかもを説明しすぎてしまうところも、少しげんなりしてしまったり・・・
多くを語りすぎてしまうと、小説の風味というか匂いというか、そういった
自然に作品から出てくる良さが減ってしまうと僕は思います。
あと、小説のスパイスとして同性愛者や盲目の人を使うのは反則。
ちょっと風変わりな人を登場させて読者の目をひくのは卑怯。
自分の腕のなさを露呈することになるだけ。
しかも、「ホモ」も「オカマ」もいっしょくた。
そして、この主人公の台詞↓
「僕はレズビアンだとかゲイだとかに偏見はないほうだ。」
この台詞でさらにげんなりしました。
なんというか、全体的に軽い。だから、心の奥には届いてこない感じ。
ココロの表面を上滑りしていく感じ。
普段、小説を読まない人にアンケートをとれば、きっとこの作品が
ノミネート作品の中で上位になるんだろうなぁ・・・とは思いました。
結局一番感動したのは、ラスト2ページの「あとがき」でした・・・
<あらすじ>
1943年、北洋・アリューシャン列島。
アッツ島の玉砕をうけた日本軍はキスカ島からの全面撤退を敢行。
無人の島には4頭の軍用犬「北」「正勇」「勝」「エクスプロージョン」が残された。
「自分タチハ捨テラレタ」その事実を理解するイヌたち。
その後、島には米軍が上陸、自爆した「勝」以外の3頭は保護される。
その3頭が島を離れる日。それは大いなる「イヌによる現代史」の始まりだった――。
<感想>
「この作家、スゲエなぁ・・・」と久々に感じた。三崎亜記さん以来です。
イヌの視点によって語られる、テンポのいい「世界史」に圧倒されっぱなし。
視点は、イヌの3人称(2人称?)や人の3人称だったりするんですが、
結局は神の視点、つまり古川日出男が語り手なのでしょう。
小説の「型」にとらわれず、自分自身の小説を作り出し、その小説をひとつの
ツールにして自分を表現しようとしている、野心的で挑発的な作品です。
ただ、地の文の大半が説明文になっていて、少し強引に小説を作りすぎている
と感じるところもある。著者はこの小説を通じて、世間に挑んだつもりなん
でしょうが、読者によっては「ただの自己完結に終わってるのでは?」という
感想を持つ人がいるかもしれません。
きっとこの著者は、読者のことを考えないタイプの作家なんでしょうが、そういう
ところも僕は魅力的だと感じた。
そして、この小説を通じて著者が言いたかったこと。
それは、この世の全てはフィクションだ、ということ。僕はそう感じた。
「たとえばテレビを観る行為、新聞を読む行為、あるいは一種類の教科書
だけに歴史を学ぶ行為、そこにはフィクションがないって、おまえは本気で
信じちゃってるのか?」と古川日出男に言われたような気がした。あくまでも僕は。
自分の持つ価値観や思想、そんなものも所詮はフィクションであり、誰かに洗脳
されたものでしかない。そんなことが言いたかったのかなぁ、と僕は感じた。
読者を選ぶ作品かもしれませんが、僕はこの作品が好きになりました。
<あらすじ>
「考えろ考えろマクガイバー」
考えることを常とする兄と、考えないことを常とする直感の鋭い弟。
二人はそれぞれ、自分の持つ不思議な力の存在を知る。
ちょうどその時、世間では若き政治家が日本に大きな選択を迫ろうと
していた。人々の心を鷲づかみにする政治家と扇動される大衆。
未来にあるのは青空なのか、荒野なのか――。
二人の兄弟は、それぞれの方法で世の中の流れに立ち向かう。
兄の物語「魔王」と弟の物語「呼吸」の二編を収録。
<感想>
王様の命令は心地良く、家来で居続ける事もまた心地良い。
命令に従い続ける限り、自分自身の意思と闘う苦しみから逃れられるから。
人が本意によらない行動をとらなければならない時、
その動機付けとなるのは、誰かから「命令されたから」というのが
一番自分を説得しやすい。こういった「思考停止」に陥ることは
「楽」なことであると同時に「危険」なことだが、王様の命令はそれを許す。
この絶対的な「命令」に「集団」であるという条件が加えられた時、
人はさらに思考停止に陥る。無意識の波にさらわれ、自分の立ち位置を
見失ってしまう・・・
こういった「群集心理」の危険性をモチーフに、この小説を極上の
エンターテイメント作品に仕上げてしまった伊坂幸太郎さんに拍手。
久々に小説を読んでいて楽しいなって思いました。
憲法9条や国民投票についての議論を、小説の一部として使ったところも
示唆に富んでいて良いと感じたし、ファシズムと宮沢賢治をだぶらせる
ところなんて「ほぉ、そうきたかぁ・・・」と唸らされました。
本当に見事。新たな伊坂幸太郎の一面を垣間見ました。
そして、この小説を読んでこう思った。
僕も、恐怖とかまわりの雰囲気には負けたくはないな、って。
すごい規模の洪水が起きたとしても、自分だけは水に流されないで
立ち尽くす一本の木になりたいな、って。
そして、常に、自分自身の思考をあやつっている「何ものか」の存在に
敏感でいたい。「何ものか」に騙されている自分について知ることは
重要だと思うから。
<あらすじ>
小学校の頃から成績優秀、品行方正。役人根性全開の県庁のエリートが、
民間研修で田舎のスーパーにやって来た。間違いは認めるな!?
予算は使い切れ!? そんな頭デッカチ、勘違い野郎の「県庁さん」は、
果たしてこのまま「民間」でやっていけるのか――。
手に汗握る、役人エンターテインメント。
2006年2月、織田裕二主演で映画化決定。
<感想>
紀伊○屋が売りたがるような本やな・・・というのが正直な感想。
これはほんとに「小説」として分類しちゃっていいのかなぁ・・・
と思ってしまうほど、ベタで下手くそな小説でした。
まず、どうしようもなく喚起力のない文章が目につきました。
場所の広さを表現するのに「〜平米」って書いちゃうのは、
小説家として失格なんじゃないのか(僕の中の常識では確実に失格)。
しかも、何箇所もそういったところが出てくる。
表現力が乏しすぎます・・・
ストーリー展開はというと、これがまたありきたりでしょうもない。
マンガ(ドラマ?)みたいにトントン拍子でことがうまくいき、
最後はお約束のハッピーエンド。
この作品を本屋大賞にノミネートした書店員は、よっぽど本を読まない人
なんでしょうか? それとも小説音痴なんでしょうか?
と、珍しくかなり辛口の感想を書いたけど、それは「本屋大賞」に
対する思いが強いが故のことなので、どうかお許しください。
なんだかんだ言いながらも、僕はこの小説(?)が嫌いではないです。
最後なんてのめり込んで一気読みしてしまったほど。
読後感も最高に良くて、「あぁ、面白かったー」って感じました。
でも、これが本屋大賞の候補作になるのは、ちょっと違うやろ・・・
と思ってしまっただけなのです。
この作品は本で読む必要はなく、映画で観るといいかもしれません。