『独白するユニバーサル横メルカトル』(光文社) ★★★★★★★★☆☆
<平山夢明さん>
映画・ビデオ批評から執筆活動を始め、93年に『「超」怖い話』シリーズの
執筆陣に加わり、現在はノンフィクション、小説などで活躍中。旧名義は
デルモンテ平山。主な作品に『東京伝説』『異常快楽殺人』『メルキオールの惨劇』
『いま、殺りにゆきます』などがある。
『独白するユニバーサル横メルカトル』にて、2007年版「このミステリー
がすごい!」で堂々の第1位。2006年度日本推理作家協会賞を受賞。
生理的に嫌な話を書かせたら日本で三指に入る小説家。
「異常」「狂気」を丹念に描こうとする筆致には定評がある。
<あらすじ>
『独白するユニバーサル横メルカトル』
二つの性器を持つホームレスとイジメられっ子の奇妙な交流を描いた
「CHN2.(ニコチン)と少年」 ヤクザのアジトに連れていかれ、
死体処理(食肉)をする象男・オメガの世話役になってしまう「Ωの正餐」
義父の虐待と母の裏切り・・・少女は殺人鬼に救援信号を送る「無垢の祈り」
密林の奥にある王国に迷い込んだダメ男たちの冒険「すさまじき熱帯」
など、全8編を収録。
<感想>
ただ怖くてグロいだけの作品ではなく、どことなく切なさを醸し出していたり、
随所に細かい技を駆使していたり、いろんな意味で読み応えがあります。
「卵男(エッグマン)」は本格ミステリとしても評価できる作品で、
まさにセンス・オブ・ワンダーといった感じ。
「すさまじき熱帯」に出てくる現地語が、日本語で表記されているところなんて、
なかなか味があってよかったです。
各作品のストーリー自体は、どこかで読んだことのあるようなものばかりで、
何かの焼き直しのように感じられたけど、
素材の調理の仕方にとてもユーモアがある。
一度読むと忘れられない作品ばかりで、中には途中で吐き気がするようなものも
あったけど、なぜか最後まで読んでみたくなる不思議な感じ。
一度読むと病みつきになる、中毒のような感じです。
狂気と快楽のはざまを絶妙に描ききった傑作短編集。だと僕は思います。
個人的には「卵男」と「無垢の祈り」が好きです。
『介護入門』(文藝春秋) ★★★★★★★☆☆☆
<モブ・ノリオさん>
奈良県出身。大阪芸術大学卒。中上健次の熊野大学に参加。
2004年、自身の祖母の介護経験をもとに描いた『介護入門』で
第98回文學界新人賞を受賞。さらに、このデビュー作で
第131回芥川賞も受賞。
ヒップホップ的な文体で「介護」という現代的なテーマを扱い、
周囲から注目を集めた。過去に、大阪のスカムロックバンド、
ウルトラファッカーズに所属していた。
<あらすじ>
『介護入門』
俺はいつも、<オバアチャン、オバアチャン、オバアチャン>で、
この家にいて祖母に向き合う時にだけ、辛うじてこの世に
存在しているみたいだ――。
出口の見えない介護生活の中で、大麻常習者である「俺」が
見たことを、ラップ調の語りかける文体で描いた作品。
第131回芥川賞受賞作。
<感想>
嘘とキレイごとはいっさいなし。
小ざかしい借り物の成句もいっさいなし。自分の言葉だけで
つむぎだした、
どこまでもひたむきで、真っ直ぐで、誠実な小説です。
激しく攻撃的な文体、暴力的な文章にだまされそうになるけど、
モブノリオの語る言葉はいちいち正しい。エゴを捨て去った
真っ当なモラリスト。そこには誰からの反論も寄せつけない
主張のたしかさと正当性がある。
僕はこの小説を読んでいて、自分のことを情けないと思った。
恥ずかしいと思った。キレイごとだとわかっているのに、
わかっていないふりをしたり。いつも自分を正当化するのに必死な自分。
本当にバカだと思う。そう思わせてくれた小説でした。
読み始めは、大麻ごときでアウトロー気取りかよ。なんて思ってたけど、
中盤以降、作品の中で大麻の果たす役割は実に大きい。
終わりの見えない介護地獄の状況を俯瞰する装置としても作用しているし、
独白調の文体を加速させるための道具としてもうまく使われている。
ただ、ひとつ言わせてもらうなら、「朋輩」に「ニガー」とルビをうつ
センスはなんとかならないのか。読んでいて恥ずかしいです。
あと、祖母の介護はともかく、主人公自身が今後どう生きたいのかが
あまり書かれておらず、少し不満が残った。
『鴨川ホルモー』(産業編集センター) ★★★★☆☆☆☆☆☆
<万城目学さん>
大阪府出身。京都大学法学部卒。
2006年、『鴨川ホルモー』にて第4回ボイルドエッグズ新人賞受賞。
キノベスや本屋大賞の候補作にもノミネートされるなど、
2006年から2007年にかけて森見登美彦とともに大ブレイク。
ともに京大卒で、京都を舞台にした小説を描いています。
<あらすじ>
『鴨川ホルモー』 ふと渡された新入生勧誘のビラ。
謎のサークル京大青竜会に入った安部を持ち構えていたものとは――。
恋に、戦に、チョンマゲに、若者たちは闊歩して、魑魅魍魎は跋扈する。
式神使って大戦争。京都の街に巻き起こる、疾風怒涛の狂乱絵巻。
「鴨川ホルモー」ここにあり。第4回ボイルドエッグズ新人賞受賞作。
<感想>
おもしろいといえばおもしろい。
でも、読んでいて恥ずかしくなってきたのも事実。
最近はやりのライトな感じで、読み終わっても何も感じなかった。
こういうのが売れるのかぁ・・・と思うと少しがっかりもした。
ただ、読みやすいので一気に読めます。先が気になって気になって、
ページをめくる手が止まりません。気になって読み進めても
別に大した結末はむかえませんが・・・
登場人物にもうちょっと魅力があればなぁ、と思った。
人物描写がいかにも京大生作家っぽい。赤面ものです。
あと、人物名に「氏」をつけるのだけはやめてほしい。
かなりさぶいです。
京都に住んでる人や、京都好きの人なら楽しめる小説だと
思います。
『ダレカガナカニイル・・・』(講談社文庫) ★★★★★☆☆☆☆☆
<井上夢人さん>
徳山諄一とのコンビによる「岡嶋二人」名義で作家デビュー。
「焦茶色のパステル」で江戸川乱歩賞、「99%の誘拐」で吉川英治文学新人賞を受賞。
日本ではめずらしい共作作家として、名実ともに有名な作家となる。
徳山が主にプロットを担当し、井上が執筆を担当。「誘拐」をテーマとした
トリックを得意とし、「
人さらいの岡嶋」と呼ばれている。
89年、「クラインの壺」刊行を最後にコンビ解消。
その後、「井上夢人」名義でソロ活動を開始。主な作品に「プラスティック」
「パワー・オフ」「オルファクトグラム」などがある。
<あらすじ>
『ダレカガナカニイル・・・』 新興宗教団体に対し、過激な反対運動を起こす村人。
そして、村人から道場を警備する仕事に就いた西岡の着任当夜、監視カメラの目の前で
道場が炎上、教祖が謎の死を遂げる――。
それ以来、彼の頭の中で「誰か」の声がしはじめる。<ここはどこ?あなたはだれ?>
と問いかけてくる「声」の正体は誰なのか。
井上夢人ソロデビュー作。
<感想>
充分に練りこまれた構成と、
まったく先の読めないストーリー展開。
想像もつかない意外なラスト。終盤へ向けての最後の追い込み。
どれをとっても一級品のミステリです。
ただ、「ミステリ」であって「本格ミステリ」ではない。
「本格」の定義は人それぞれなのでしょうが、「本格」とするには
いろいろと制約があるので、ここはあえて「無格ミステリ」の頂点と
呼ぶ方がしっくりくるような気がします。
“岡嶋二人”という、国産ミステリ屈指のブランドネームを捨て、
井上夢人としてソロデビューをしたのが本作ですが、岡嶋時代より
おもしろい作品を生み出しているのかどうかはよくわかりません。
文庫版の解説で大森望が大絶賛しているのを見て、自分の中でかなり
ハードルがあがってしまった部分もあるけど、個人的にはやっぱり
岡嶋時代の作品の方がよかったかな、と感じました。
作品の随所に散りばめられた伏線が、終盤で一気につながる岡嶋作品とは
少し違い、井上作品はほとんどネタ1本勝負。
の割にはラストのカタルシスがいまひとつな感じです。
SF好きな方にもお薦めできる作品だと思います。
<そのほかの作品>
『オルファクトグラム』(講談社文庫) ★★★★★★☆☆☆☆
『終わりまであとどれくらいだろう』(双葉社) ★★★★★★★★★☆
<桜井鈴茂さん>
1968年、北海道生まれ。
明治学院大学卒、同志社大学大学院中退。
卒業後は音楽活動をしながら、様々な職に就く。
2002年、『アレルヤ』で第13回朝日新人文学賞を受賞し
作家デビュー。元サニーデイ・サービスの曽我部恵一や
文芸評論家の仲俣暁生と交流がある。
<あらすじ>
『終わりまであとどれくらいだろう』
2003年4月5日。
桜が咲き乱れる東京を、6人の男女が彷徨っていた――。
どん詰まりの僕らが向かう場所はどこなのか?
長い一日が終わりを告げると同時に
別の新たな一日が始まる。
<感想>
年齢も職業もまったく違う6人の男女の視点が、ころころと代わっていきながら
物語は進んでいく。物語の随所で、6人の登場人物たちが微妙に出会っていくものの、
完全には交じり合わずに終盤。バー・ファー・ウエストへ。
どことなく村上春樹の『アフターダーク』、古川日出男の『LOVE』、吉田修一の
『ランドマーク』に雰囲気が似ている作品です。
誰もが何かに行き詰っていて。誰もが何かを諦めざるをえなくて。誰もが何かに
依存していて。誰もが何かを演じていて。
誰もが何かと戦っている。
この本を読んでいてそう感じた。そして、僕はずっとこういう小説を
読みたかったんだと実感した。
リズムの良い読みやすい文章は、
まるで音楽でも聴いているかのような心地良さで
語りかけてくる。
独自の改行の仕方と、改行が少なくダラダラと続く文章も、
僕はあまり気にならなかった。珍しい改行の仕方や特異な文体など、
そういったアバンギャルドなスタイルは正直言ってどうでもいい。
良いとも悪いとも思わない。そんな上っ面の部分じゃなく、もっと深い部分で、
僕はこの作品が好きになった。角田光代、奈良美智の帯の文句のとおり、
読み終えたあとびっくりするほど美しい景色が見えます。
何かに行き詰っている人に、ぜひとも読んでもらいたい作品です。
僕が特に好きな場面は、終盤、ハセベ・ヨウコがタクシーに乗り、運転手の
おじさんと会話を交わすところ。おじさんの関西弁を聞いて、ヨウコが急に
関西弁で話し始めるところで、ものすごくグッときてしまう。
わかる人だけわかってください。
<そのほかの作品>
『アレルヤ』(朝日新聞社) ★★★★★★★☆☆☆
『窓の灯』(河出文庫) ★★★★★★☆☆☆☆
<青山七恵さん>
1983年、埼玉県生まれ。
中学生の頃から司書になることを目指していた。
大学卒業後に旅行会社に入社。
大学在学中に書いた「窓の灯」で第42回文藝賞を受賞。
当時15歳の三並夏「平成マシンガンズ」と同時受賞となったため
青山七恵の印象は薄かったものの、2作目となる「ひとり日和」が
史上7番目の若さで芥川賞受賞となり、話題となる。
<あらすじ>
『窓の灯』
姉さんが私を拾ってくれたのは、2月のわりと暖かい日だった――
大学を辞め、憧れのミカド姉さんの喫茶店に住み込みで働くまりも。
いつしか
向かいのアパートの窓を覗くことが日課となった彼女が
見つけた「窓の向こう側」の世界とは?
第42回文藝賞受賞作。
<感想>
このデビュー作「窓の灯」。そして、2作目にして芥川賞を受賞した
「ひとり日和」ともに、一般読者の評価は概ね良くないようですが、
僕はどちらの作品もすごく興味深く読みました。
「完全に見えない」ものなら、それほど興味はそそられない。
でも、
「少し見えている」ものが目の前にあれば、ついつい「覗いて」
みたくなってしまう。これは誰もが感じることじゃないだろうか。
主人公まりもの、日に日に強まっていく姉さんへの(同性愛的)気持ち。
それは、姉さんの過去、姉さんの今の気持ちや思いなどが「完全に見えない」
のではなく「少し見える」けど「見えづらい」状況にあるからこそ、
募っていってしまったのだと思う。
まりもが隣の家の窓の中に見つけたかったものは、隣の家の男の子の
生活などでは決してなく、つかみどころのない「姉さん」の心の中であったり、
自分自身でも理解できない「自分」の心だったのではないだろうか。
僕はそんな風に解釈をしました。
透明度があって手触りの良い文章なので、一気にすらすらと読めます。
あと、「覗きといえば男性」という偏見がある中で、
女性の「覗き小説」を
書いた点が新しくて良かったと思う。
文庫化に際して併録されている「ムラサキさんのパリ」という短編も
僕はかなり気に入りました。
<そのほかの作品>
『ひとり日和』(河出書房新社) ★★★★★★☆☆☆☆
『笙野頼子三冠小説集』(河出文庫) ★★★★★★★★☆☆
<笙野頼子さん>
純文学の守護神にして永遠の新人。自らを
アヴァン・ポップ作家と称する。
作品のテーマは、世界への違和感、夢、幻想、フェミニズム、猫など。
1981年、「極楽」で群像新人文学賞を受賞しデビューして以来、
暗黒の10年を経て、野間文芸新人賞・芥川賞・三島由紀夫賞を
立て続けに受賞(三冠王と呼ばれる)。その他にも受賞歴は多数。
90年代後半、
大塚英志との「純文学論争」で有名になる。
純文学論争については、『ドン・キホーテの「論争」』(講談社)、
『てんたまおや知らズどっぺるげんげる』(講談社)に詳しい。
<あらすじ>
『笙野頼子三冠小説集』
マグロと恋に落ちる夢を見ていた私は、突然掛かってきた電話の主に説得され、
片側は海、片側には工場しかない「海芝浦」の駅に向かう――
(第111回芥川賞受賞作「タイムスリップ・コンビナート」)に加えて、
三島由紀夫賞受賞作「二百回忌」、野間文芸新人賞受賞作「なにもしてない」を
収録した「三冠」小説集。
<感想>
とてつもなく圧倒的である。としか言いようがない。
「マグロと恋愛に落ちる」という冒頭からして凄いし、そこから
想像力がどんどんと膨らんでゆき、自由自在に突っ走る感じがなんとも痛快。
見事なまでに壊れきった小説です。
ただ、読むのに相当な体力が必要となるし、かなり疲れます。
読者を選ぶ作品ではあるし、保守的な人間からはまったく理解されない作品
かもしれない。現に芥川賞の選考会で、宮●輝が「何が悲しくて私はこんな小説を
読まされなくてはならないのか」なんて選評を書いていたぐらい。
笙野さんからすれば、「何が悲しくてこんなバカに読まれないといけないのか」
なんて気持ちだったに違いないのだけれど…
この素晴らしさがわからないという感性の持ち主は、哀れというより他ない。
奇想天外・荒唐無稽なようでいて、
実は地道に計算された作品だと思うし、
この
絶妙なバランス感覚と現実離れした思考の流れは、一度浸かってしまうと
病みつきになること請け合いです。
<そのほかの作品>
『タイムスリップ・コンビナート』(文春文庫) ★★★★★★★☆☆☆
『二百回忌』(新潮文庫) ★★★★★★★☆☆☆
『極楽・大祭・皇帝』(講談社文芸文庫) ★★★★★★☆☆☆☆
『青色讃歌』(河出書房新社) ★★★☆☆☆☆☆☆☆
<丹下健太さん>
1978年、愛媛県生まれ。現在は京都市に在住。
同志社大学法学部卒。2007年「青色讃歌」で第44回文藝賞を
受賞しデビュー。
<あらすじ>
『青色讃歌』
同棲する彼女の収入で暮らす高橋の、
猫探しと仕事探しの日々はいつ終わる?
明け方の青い光に彷徨う青春小説。第44回文藝賞受賞作。
<感想>
文藝賞選考委員の保坂和志が絶賛していたのと、
「猫探し」というワードにひっかかって、かなり前向きに読みました。
ただ、ちょうどこの作品を読む前に、山田詠美の「無銭優雅」を読んでいたためか、
この作品がほとんどカスみたいに思えてしまった。笑
けど、それはどうしようもないことです…
新人賞を受賞したばかりのデビュー作であることを考えると、
これはすっごくよくできた面白い作品だとも思えるし、
随所でクスっと笑わせてくれる
乾いたユーモアなんかも素敵。
特に冒頭のお風呂の場面は印象的でした。
お風呂は当然素っ裸で入る場所であって。つまり、自分の全身を確認し、
触れることができる唯一の場所。自分の現実を突きつけられる場所ともいえる。
でも、湯船に浸かっちゃえば、逆にすべてが見えなくなってしまう。
「仕事探し」と「猫探し」に奔走するフリーターという立場の描写に
お風呂を使ってくるところがおもしろい。
無意識に使ったのだとしたら尚のこと良いと思う。
ただ、めぐみの「石集め」については正直なところ、どっちでもよかった。
めぐみの描写もいまひとつな感じ。リアリティーがありません。
保坂和志「プレーンソング」のちゃっちい版、的な印象を受けたのは
たしかですが、次の作品もぜひ読んでみたいと思う。
『恋文』(新潮文庫) ★★★★★★★★☆☆
<連城三紀彦さん>
1948年生まれ。名古屋市出身の小説家。
1978年、「変調二人羽織」で幻影城新人賞に入選しデビュー。
1981年、「戻り川心中」で日本推理作家協会賞を受賞。
1984年、「恋文」で直木賞、「宵待草夜情」で吉川英治文学新人賞を受賞。
流麗な文体で描かれる男女の心理描写と
本格ミステリ的アイデアを駆使し、
独自の世界観を構築している。
<あらすじ>
『恋文』 マニキュアで窓ガラスに描いた花吹雪を残し、
夜明けに下駄音を響かせアイツは部屋を出ていった。
結婚10年目にして夫に家出された歳上でしっかり者の妻の戸惑い。
しかしそれを機会に、彼女には初めて心を許せる女友達が出来たが…。
表題作をはじめ、
都会に暮す男女の人生の機微を様々な風景のなかに描く
『紅き唇』『十三年目の子守歌』『ピエロ』『私の叔父さん』の5編。
直木賞受賞作。
<感想>
表題作をはじめ、収録されている5作品、すべてが味わい深い秀作揃い。
短編集というカタチをとると、だいたいどれかハズレな作品があるものなのに、
どれを読んでも唸らされてしまう。まさに秀逸。
登場人物の卓越した心理描写と本格ミステリ的要素を含んだ
トリッキーな仕掛け。
読者を幻惑させる騙し絵的な作り。まさに連城マジックです。
そして、ミステリ作家でありながら、「ミステリ」という枠にとらわれず、
純文学や恋愛小説まで描いてしまう芸達者ぶりもスゴイの一言。
どの作品にも細かな伏線がはられていて、終盤に差し掛かるとそのひとつひとつが
1ピースも余すことなくぴたりと収まってしまう。
「紅き唇」「ピエロ」「私の叔父さん」などは、ミステリとして読んでも
充分に楽しめる傑作短編だと思います。本格ものが好きな人には『戻り川心中』を
オススメしたい。
<そのほかの作品>
『戻り川心中』(光文社文庫) ★★★★★★★☆☆☆
『夜よ鼠たちのために』(新潮文庫) ★★★★★★★★☆☆
『黄昏のベルリン』(講談社文庫) ★★★★★★☆☆☆☆
『暗色コメディ』(文春文庫) ★★★★★☆☆☆☆☆
『人間動物園』(双葉文庫) ★★★★★★☆☆☆☆
『美女』(集英社文庫) ★★★★☆☆☆☆☆☆
『きょうのできごと』(河出文庫) ★★★★★★★★★☆
<柴崎友香さん>
1973年、大阪生まれの小説家。
大阪府立市岡高校、大阪府立大学卒。
1998年「トーキング・アバウト・ミー」で文藝賞最終候補になるも落選。
(そのときの受賞作は鹿島田真希の「二匹」)
2004年
「きょうのできごと」が行定勲監督により映画化され注目をあつめ始める。
2006年「その街の今は」で芸術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞を受賞。
同作は芥川賞候補にもなるが落選。
長嶋有、福永信らとともに同人誌「Melbourne1」「イルクーツク2」を刊行。
<あらすじ>
『きょうのできごと』
ある晩、友人の引っ越し祝いに集まった数人の男女。
彼らがその日経験した小さな出会い、せつない思い。
5つの視点で描かれた小さな物語。
書下ろし「きょうのできごとの、つづきのできごと」収録。
<感想>
2003年の私の収穫は、柴崎友香という小説家を知ったことだった。
文庫版の解説で保坂和志はそう述べているが、僕にとっても同じだった。
軽やかな会話が続くためにスラスラと読めてしまうが、地の文のところで
少し読むスピードが落ちてしまう。そう感じることができた人は
読み手としてのスキルがある人だと思う(勝手な決めつけですが…)。
当たり前のことかもしれないが、小説というのは映像とは違う。
1分の出来事を1分で表すのが映像。1分の出来事を10秒だったり、
5分だったり、30分だったり…いろんな時間で表すことができるのが小説。
つまりは、
描写の取捨選択が必要となるのが小説なのである。
で、この描写の中には、目で視たもの、体で感知したもの、それを通じての
思考や感情、人物の動作…などなど、様々なものがある。
そして僕が思ったこと。それは、柴崎友香という小説家は、このような
様々な
描写のつなぎ合わせや取捨選択のセンスが抜群に良い。ということ。
で、そのつなぎ合わせ方が珍しいが故に、地の文が読みづらいということ。
とまぁ、なかなか分かりにくい説明になってしまったのですが、こういう文章が
書ける作家は珍しいし、計算してやっているのなら尚のこと凄いなと思う。
数多くある「大学生が主人公の小説」の中で、個人的に一番か二番かに好きな
小説がこの作品なのですが、特にかわち君が可愛すぎてたまりません。
(僕の中ではかわち君=小池徹平)
これから読むという人はその点も踏まえて読んでみてください。笑
<そのほかの作品>
『次の町まで、きみはどんな歌をうたうの?』(河出文庫)★★★★★★★☆☆☆
『その街の今は』(新潮社) ★★★★★★★☆☆☆
『主題歌』(講談社) ★★★★★★☆☆☆☆
『しあわせの書』(新潮文庫) ★★★★★★★★☆☆
<泡坂妻夫さん>
本格ミステリ作家で、ペンネームは本名である「厚川昌男」のアナグラム。
1978年「乱れからくり」で第31回日本推理作家協会賞を受賞。
1988年「折鶴」で泉鏡花賞、1990年「陰桔梗」で直木賞を受賞。
マジシャンとしても有名であり、著作の中でも奇術的トリックを多用している。
<あらすじ>
『しあわせの書』
二代目教祖の継承問題で揺れる巨大な宗教団体“惟霊講会”。
超能力を見込まれて信者の失踪事件を追うヨギガンジーは、
布教のための小冊子「しあわせの書」に出会った。
41字詰15行組みの何の変哲もない文庫サイズのその本には、
実はある者の怪しげな企みが隠されていたのだ―。
マジシャンでもある著者が、この文庫本で試みた驚くべき企てを、
どうか未読の方には明かさないでください。
<感想>
本格ミステリとしても充分に満足できる内容である上に、
本書にはマジシャンである著者ならではの
「とある仕掛け」も施されており、
読後に思わず「おぉっ!」と唸らされてしまいます。
この手の小説の感想を書くのは、ネタバレになりがちなので
難しいのですが、とりあえず最後まで気の抜けない小説です。
あの仕掛けを施すだけでも、かなりの苦労を要したはずなのに、
小説としてもちゃんとおもしろく読めるというのは、
本当にすごいことだと思います。
本自体に仕掛けを施すというのは、なかなか例のないことだと思うので
案外貴重な作品なのかもしれません。
マジックのグッズとして販売するなら万単位はするらしいのですが、
これはただの文庫本。420円で手に入ります。かなりお得なはず。
作品の内容は★5つぐらいですが、このユニークなアイデアと試みに
★3つ追加しました。きっと世界中どこを探しても、
この作品を書けるのは
泡坂妻夫だけです。さすがの一言に尽きます。
<そのほかの作品>
『亜愛一郎の狼狽』(創元推理文庫) ★★★★★★★☆☆☆
『11枚のとらんぷ』(創元推理文庫) ★★★★★★★☆☆☆
『乳と卵』(文藝春秋) ★★★★★★★★★☆
<川上未映子さん>
1976年、大阪府京橋生まれ。
2002年にビクターエンタテインメントよりデビューアルバムを
発表し音楽活動を始める。
2006年、早稲田文学に「感じる専門家採用試験」を発表。
2007年「わたくし率 イン 歯ー、または世界」が芥川賞候補となり
注目を集める(野間文芸新人賞、織田作之助賞の候補にもなる)。
2008年「乳と卵」で第138回芥川賞を受賞。
関西弁を使ったリズム・スピードのある文体が特徴。
哲学に精通しており、永井均の影響を受けている。
<あらすじ>
『乳と卵』 娘の緑子を連れて豊胸手術のために大阪から
上京してきた姉の巻子を迎えるわたし。その三日間に痛快に
展開される身体と言葉の交錯! 第138回芥川賞受賞作。
<感想>
世間的にはそれほど評判も良くなく、アマゾンを覗いても
酷評されているようですが、ここ最近の芥川賞受賞作の中では
ずば抜けておもしろかったし、すごく才能があるなと僕は感じた。
だいたい「芥川賞受賞」となると、程度の低い読者までもが
作品を手にとったり、読んだりするので、その評判というのは
ほとんど意味がないと言ってもいい。
文体に関して、町田康の影響を少なからず受けていると思うが、
僕自身は町田康のそれよりも洗練されていて、刺激的で、
どことなく肌になじむ感じがした。
一見めちゃくちゃな文章に見えるが、実は
綿密に計算され尽くした文章で
無駄なことは一切書かれていない。奇跡的なバランス感覚です。
どことなく狙ってる感じがして、あざとさが付きまとうのはたしか。
でも、そういうところも含めて、僕は川上未映子の作品が好きです。
主題はわかりやすく、ストーリー展開も予想通り。
でも、僕はもともと小説を読むときに「主題」なんて重要視していないし、
「筋」なんてもっとどうでもいいと思っている。はったりでも何でもいい。
そういうところだけで小説を評価するのは、とてもつまらないことだとも思う。
川上未映子を「なし」だと思っているセンスのない人とは
きっと一生友達になれない。と言いきっておきます。笑
<そのほかの作品>
『わたくし率イン歯ー、または世界』(講談社) ★★★★★★★★☆☆
『先端で、さすわさされるわそらええわ 』(青土社)★★★★★★★☆☆☆
『AMEBIC』(集英社文庫) ★★★★★☆☆☆☆☆
<金原ひとみさん>
1983年生まれの小説家。
2003年「蛇にピアス」で第27回すばる文学賞を受賞しデビュー。
2004年、同作で第130回芥川賞を受賞。
同時受賞となった
綿矢りさとともに一躍話題となる。
父は法政大学社会学部教授で翻訳家の金原瑞人。
<あらすじ>
『AMEBIC』 摂食障害気味の女性作家「私」のパソコンに
日々残されている意味不明の文章=錯文。錯乱した状態の「私」が
書き残しているらしいのだが…。関係を持った編集者の「彼」と
その婚約者の「彼女」をめぐって、「私」の現実は分裂し歪んでいく。
錯文の意味するものとは。錯乱した「私」は正気の「私」に
何を伝えたいのか。孤独と分裂の果てには何が待つのか。
著者の大きな飛躍点となった第三長編。
<感想>
金原ひとみはまだ完成しきっていない作家であり、正直なところ
まだ本来の力を出し切れていないのではないかと思うことがある。
未熟であることは弱みである一方で強みでもある。
なぜなら、一流になる人間の第一条件は「未熟であること」だから。
30代半ばになる頃に、どんな作品を書いてくれるのか、
今の時点から楽しみです。
本作では、摂食障害の20代女性が主人公で、口にするのはジン・トニックと
各種サプリメントと少々の漬物。夜になるとアブサンで錯乱状態に陥り、
パソコン上に無秩序な錯文を打ちつける。
「混沌とした“私”」「世間との距離感」のようなものをとても丁寧に
書いているなと感じた。
自分のことを理解してほしい、と強く切実に思っているのに、
結果として理解されなかったことに安心してみたりする。
理解されたいのに、理解されたら不安になる。
そんな微妙な気持ちが作品の中から感じられて、すごく共感できた。
今後も新刊が出るたびに読み続けたいなと思っています。
<そのほかの作品>
『蛇にピアス』(集英社文庫) ★★★★★★★☆☆☆
『アッシュベイビー』(集英社文庫) ★★★☆☆☆☆☆☆☆
『オートフィクション』(集英社) ★★★★★☆☆☆☆☆
『わたしたちに許された特別な時間の終わり』(新潮社) ★★★★★★★★★☆
<岡田利規さん>
1997年、演劇ユニット「チェルフィッチュ」を旗揚げし、
2005年には「三月の5日間」で岸田國士戯曲賞を受賞。
2008年、初の小説集となる「わたしたちに許された特別な
時間の終わり」で第2回大江健三郎賞を受賞。
<あらすじ>
あ、始まったんだねやっぱり戦争―。
2003年、米国がイラク空爆を始めた時、東京・六本木のライブハウスで
知り合った男女がラブホテルに行き、あえてニュースを見ずに過ごした
5日間を描く「三月の5日間」に加え、フリーター夫婦の日常を描いた
「わたしの場所の複数」を併録。
とらえどころのない現代を巧みに描く新鋭、チェルフィッチュこと、
超リアル日本語演劇の旗手、待望の小説デビュー!
<感想>
「三月の5日間」を半ばまで読んだ時点で、これはひょっとすると凄いかも、
なんて思い始めていた。こういう感覚は日常的に味わえるものではないので、
なんとも表現しがたいけど、とにかく衝撃的だった。
感動というのとは少し違うし、うまく文章で伝えられないのが残念ですが、
本当にイイものというのは、どこが素晴らしいのか述べにくいところがある。
主題そのものより、技巧などの「外側」に対する工夫が興味深かった。
1人称・3人称・神の視点(僕・彼・男)を実に細かく使い分けながら
(しかも同じ場面の中で)、視点をズームさせたり、俯瞰させたりするのが
おもしろく、
すごく挑戦的な書き方だと感じたが、演劇の世界を経験している
からこその発想なのかな、とも感じた。
何人かにこの作品を薦めたところ、「主人公に共感できない」というような
感想を頂いたのですが、そもそも僕は読者に「共感」してもらうような作品なんて
大したことのない作品だと思うし、
「共感させる」のは最低の方法やとも思う。
この作品は決してセンスの良さだけが光る作品ではないですが、この人のセンスの
良さを理解できないのはちょっと残念です。
読み終わって「それで??」という人がいるけど、「それで???」という感想は
あまり良くない。保坂和志の作品にも通ずるところではあるけど。
「それで???」と言ってしまった時点で、小説が芸術であることを否定してる
ことになると思うからです。
『宇宙のみなしご』(フォア文庫) ★★★★★★★★★☆
<森絵都さん>
児童文学の世界で活躍している作家さん。
1990年、「リズム」で講談社児童文学新人賞を受賞し、デビュー。
その後も精力的に作品を発表し続け、数々の文学賞を受賞。
(児童文学関連の賞を総なめ)
中でも「カラフル」や「DIVE!!」は映像化され、話題になった。
2003年に上梓された「永遠の出口」を皮切りに、大人向けの小説を
書き始め、2006年には「風に舞いあがるビニールシート」で
第135回直木賞を受賞。
<あらすじ>
誰にでも優しい弟と不登校の私は、真夜中にこっそり、よその家の屋根にのぼる。
それは、ふたりだけの秘密の遊びだった。ところが思いがけず、この真夜中の
屋根のぼりに、あたらしい仲間が加わることになって…。
<感想>
僕は同じ本を再読することはほとんどありませんが、この本に関して言うと、
もう10回以上読み返しているような気がします。
本読みの方なら誰しも、読書にハマるきっかけになった作品があるかと
思いますが、僕の場合は中学2年生の頃に読んだこの本が原初体験に
なっています。
誰になんと言われようが、僕はこの本が大好きで、一生手放さないと思います。
もし自分に子どもができるなら、絶対に読ませたい1冊です。
言葉のひとつひとつがキラキラと輝いていて、一気に読み終えてしまうのが
もったいないほどです。
大人も子どももだれだって、いちばんしんどいときは、
ひとりで切りぬけるしかないんだ。
ぼくたちはみんな宇宙のみなしごだから。
ばらばらに生まれてばらばらに死んでいくみなしごだから。
自分の力できらきら輝いてないと、
宇宙の暗闇にのみこまれて消えちゃうんだよ。
でも、ひとりでやってかなきゃならないからこそ、
ときどき手をつなぎあえる友だちを見つけなさい。
くだらない子供向けの本だと思われても仕方ありません。
でも、
この文章の中にいくつもの「ほんとのこと」が書かれていると
僕は思うし、できれば子供じゃなくて大人の人に読んでもらいたい。
ふいに大事な人と手をつなぎたくなる、そんな魅力的な作品だと思います。
<そのほかの作品>
「リズム」(講談社青い鳥文庫) ★★★★★★★★☆☆
「ゴールド・フィッシュ」(講談社) ★★★★★★☆☆☆☆
「カラフル」(文春文庫) ★★★★★★★★☆☆
「つきのふね」(角川文庫) ★★★★★★★★☆☆
「永遠の出口」(集英社文庫) ★★★★★★★★☆☆
「アーモンド入りチョコレートのワルツ」(角川文庫)★★★★★★★☆☆☆
『さようなら、ギャングたち』(講談社文芸文庫) ★★★★★★★☆☆☆
<高橋源一郎さん>
前衛的な作風を持つ、
日本を代表するアヴァン・ポップ文学の担い手。
3度の離婚歴があり、前々妻の谷川直子、前妻の室井佑月はともに小説家。
1980年、「すばらしい日本の戦争」が群像新人文学賞の最終で落選。
(この作品はのちに、「ジョン・レノン対火星人」に改題し発表される)
1981年、「さようなら、ギャングたち」で群像新人長編小説賞の
優秀作を受賞しデビュー。柄谷行人、蓮實重彦、吉本隆明らから絶賛。
1988年、「優雅で感傷的な日本野球」により第1回三島由紀夫賞受賞。
この第1回三島由紀夫賞は、小林恭二、中沢新一、佐伯一麦、島田雅彦、
山田詠美、吉本ばなな、松浦理英子など、総勢12人の候補の大混戦となったが、
選考委員の大江健三郎と江藤淳の2票を獲得して高橋源一郎が受賞した。
(このときの賞金100万円は全額、日本ダービーにつぎ込み、一瞬にして
使い果たした)
2005年より明治学院大学国際学部教授となる。
<あらすじ>
詩人の「わたし」と恋人の「S・B(ソング・ブック)」と猫の「ヘンリー4世」が営む
超現実的な愛の生活を独創的な文体で描く。発表時、吉本隆明が「現在までの
ところポップ文学の最高の作品だと思う。村上春樹があり糸井重里があり、
村上龍があり、それ以前には筒井康隆があり栗本薫がありというような
優れた達成が無意識に踏まえられてはじめて出てきたものだ」と絶賛した
高橋源一郎のデビュー作。
<感想>
自分のなかの
小説観を変えてくれた作品というのがいくつかあって、
その最たるものが保坂和志作品なのですが、この高橋源一郎の作品も
当時(高校生の頃)の小説観をぶち壊すくらい強烈なインパクトを
僕に与えてくれました。
町田康や舞城王太郎が登場した時、大して驚きがなかったのは
こういった読書体験があったからに違いありません。
最初にこの本を読んだとき、自分の思い描いていた「小説」というものと
あまりに違いすぎるために、どう解釈していいのかわからず、狼狽えて
しまったのを覚えています。今でこそ「
小説は解釈するものではない」と
わかっているのですが、当時のこの出会いは相当にショッキングでした。
「小説」という枠組みに捉われきった最近の小説に飽きたという方は
ぜひとも本書をお読みください。きっと「小説を舐めるなよ」と胸ぐらを
つかまれた気分になることでしょう。
難解な作品だという人もいますが、そこまで深く読まなくても充分に
楽しめる作品です。「小説」をくだらない予定調和だと考える人がいるなら、
そんな人にこそ読んでもらいたい。
考えるだけではなく、感じながら読んでもらえたらと思います。
<そのほかの作品>
「ジョン・レノン対火星人」(講談社文芸文庫) ★★★★★★★☆☆☆
「優雅で感傷的な日本野球」(河出文庫) ★★★★★★★★☆☆
『イニシエーション・ラブ』(文春文庫) ★★★★★★★☆☆☆
<乾くるみさん>
静岡県出身の推理作家。
1998年、「Jの神話」で第4回メフィスト賞を受賞しデビュー。
その他の著書に「匣の中」「マリオネット症候群」「クラリネット症候群」
「六つの手掛かり」などがある。
<あらすじ>
僕がマユに出会ったのは、代打で呼ばれた合コンの席。やがて僕らは恋に
落ちて…。甘美で、ときにほろ苦い青春のひとときを瑞々しい筆致で描いた
青春小説―と思いきや、最後から二行目(絶対に先に読まないで!)で、
本書は全く違った物語に変貌する。
「
必ず二回読みたくなる」と絶賛された傑作ミステリー。
<感想>
この手の小説は中身に触れるとネタバレになってしまうので、
あまり詳しくは書けないのですが、とりあえず面白いのはたしかです。
ただし、本格ミステリを読み慣れている人にとっては少し物足りない
かもしれませんし、すぐにこのトリックを見抜けると思います。
ただ、トリックを見破った(もしくは、見事に騙された)としても、
再読すると
さらなる味わいが待っていますので、再読を前提に読まれるのも
良いかもしれません。
文章はヘタクソで、会話文のセンスもなく、きっとこの著者は
モテないオッサンなのだと思います(乾くるみは女性ではなく
男性です。しかも46歳)。
これが一般の恋愛小説だとしたら、間違いなくクソなのですが、
ここでは
二重の叙述トリック(しかもけっこうな大技)が
駆使されており、しかも再読せずにはおれない内容なので、
ミステリ初心者の方には自信を持ってオススメさせて頂きます。
『十七歳だった!』(集英社文庫) ★★★★★☆☆☆☆☆
<原田宗典さん>
1984年、「おまえとは暮らせない」で第8回すばる文学賞佳作入選。
1987年、コピーライターの仕事を辞め、作家として本格的に活動を開始。
その後は、小説だけに留まらず、エッセイや戯曲も多数発表。
妹は同じく小説家の原田マハ。
<あらすじ>
17歳。楽しくてむちゃくちゃ充実している一方で不満だらけ。
自意識過剰で、恥しくって、キュートな愛すべき時代。
身悶えしながら書いた恋文で呼び出し川原での早朝デート。
不良志願の第一歩、隠れ煙草。下半身の“暴れん坊将軍”に苦しめられ、
深夜の自動販売機で決行するエロ本購入作戦。
カッコ悪い小豆島家出事件の顛末。思い出すたび胸の奥が甘く疼く、
ハラダ君の愉快でウツクシイ高校青春記。
<感想>
とある書店さんから「電車で読めない爆笑本」というフェアを
したいと言われ、過去に選書をしたことがありますが、
そのときに真っ先に思いついたのがこの本でした。
自分の高校時代を振り返っている自伝的エッセイなんて、
あまり面白くなさそうに思えるのですが、これは本当に
笑えます。腹を抱えて、とまではいきませんが、随所で
クスクス笑わせてくれます。
笑えるエッセイの代名詞とも言える原田作品ですが、
他にも「スバラ式世界」シリーズなど、笑えるエッセイが
たくさんありますので、ぜひ本屋さんで立ち読みしてみて
ください。
ちなみに、上記のフェア企画を依頼されたときに選書した
アイテムの一部を掲載しておきます。ご参考までに。
奥田英郎「延長戦に入りました」(幻冬舎文庫)
中島らも「心が雨漏りする日には」(青春文庫)
リリー・フランキー「美女と野球」(河出文庫)
三浦しをん「しをんのしおり」(新潮文庫)
町田康「くっすん大黒」(文春文庫)
宮沢章夫「牛への道」(新潮文庫)
筒井康隆「笑うな」(新潮文庫)
<そのほかの作品>
「スバラ式世界」(集英社文庫) ★★★★★☆☆☆☆☆
「すんごくスバラ式世界」(集英社文庫)★★★★★★☆☆☆☆
「東京困惑日記」(角川文庫) ★★★★★★★☆☆☆
『夕子ちゃんの近道』(講談社文庫) ★★★★★★★☆☆☆
<長嶋有さん>
2001年、5つの文芸誌に同時に応募し、「文學界」に送った
「サイドカーに犬」が文學界新人賞を受賞し、小説家デビュー。
同作は芥川賞候補となるが、惜しくも落選。
翌年、「猛スピードで母は」で第126回芥川賞を受賞。
2007年、「夕子ちゃんの近道」で第1回大江健三郎賞を受賞。
2007年、2008年には「サイドカーに犬」「ジャージの二人」が
それぞれ映画化され話題となった。
また、
同人誌の刊行にも精力的で、柴崎友香や福永信らとともに
「メルボルン1」「イルクーツク2」を刊行している。
<あらすじ>
西洋アンティークを扱う「フラココ屋」の2階に居候をしている
「僕」と、その店の店長や大家さん一家との交流を、緩やかで
あたたかな筆致で綴った連作短編集。
第1回大江健三郎賞受賞作。
<感想>
長嶋有は「サイドカーに犬」でデビューした時から好きで、
ずっと追いかけてきた作家さんでした。
彼の小説の面白さは、以前ここでも取り上げた柴崎友香の
小説の面白さと少し似ているので、ご存知の方はダブらせて
この文章を読んでもらえるとわかりやすいかもしれません。
彼の小説の特異さ(面白さ)は、
小説内における「出来事の
取捨選択」に意外性がある、という点です。
これは前にも書きましたが、小説というのは、起こったことを
時系列順にすべて書く(ディテールも含め)必要はなく、
「書くべきもの」と「書かなくていいもの」を取捨選択して
作品を作り上げているわけです。
長嶋有の作品には、たいていの作家さんは「書かなくていい」と
判断するような些細な点が妙に丁寧に書かれていたり、通常は
「書くべきもの」が書かれていなかったりします。
この
絶妙な不安定さが読むものを惹きつけ、スルスルと物語の
世界へ引き込んでいきます。
また、「」の使い方が非常に工夫されていたり(
台詞の一部を
「」の外にはみ出させる手法)、あえて主人公の人物描写を
最小限にとどめていたり(読者に想像させるため)、他の作家
さんがしていないことにチャレンジされています。
上記の点も含め、非常に芸が細かく、細部に才能が光る稀有な
作家さんだと感じます。
【そのほかの作品】
「猛スピードで母は」(文春文庫) ★★★★★★★☆☆☆
「ジャージの二人」(集英社文庫) ★★★★★★☆☆☆☆
「泣かない女はいない」(河出文庫)★★★★★☆☆☆☆☆
「パラレル」(文春文庫) ★★★★★★★☆☆☆
『ポトスライムの舟』(講談社) ★★★★★★☆☆☆☆
<津村記久子さん>
大阪府出身の小説家。大谷大学文学部卒。
大学卒業後に入社した会社では、上司からのパワーハラスメントを
苦にして九ヶ月で退社。
2005年、津村記久生名義で投稿した「マンイーター」で太宰治賞を受賞。
(単行本化の際に「君は永遠にそいつらより若い」に改題)
2008年、「カソウスキの行方」「婚礼、葬礼、その他」が芥川賞候補に
連続してノミネートされるも落選。
同年に「ミュージック・ブレス・ユー」で野間文芸新人賞を受賞。
2009年、「ポトスライムの舟」で芥川賞を受賞。
<あらすじ>
お金がなくても、思いっきり無理をしなくても、夢は毎日育ててゆける。
契約社員ナガセ29歳、彼女の目標は、自分の年収と同じ世界一周旅行の費用を
貯めること、総額163万円。第140回芥川賞受賞作。
<感想>
作家の松浦理英子さん(以前にここでも取り上げました)に、
「津村記久子さんは面白い作品を書いてるので、ぜひ応援して
あげてください」と言われたことがあって、そのときは
「誰ですか、その人? 聞いたことないですけど…」と
答えたのですが、今となっては芥川賞作家です。
まさしく先見の明。
この作品の良いところは、
奇をてらっていなくて、自然体な感じで、
ユーモアが溢れているところ。そしてそのユーモアも、芥川賞の選評で
よく語られる「乾いたユーモア」でないところがいい。
小説の内容が内容なので、時代性の部分で論じられることが多い作品ですが、
そもそも僕はテーマ主義にのっとった純文学があまり好きではないので、
そういう視点からじっくり読むことはやめました。
エピソードの積み重ね方が非常に丹念で戦略的。
派手さはないけれど、読後にほっこりとさせられる。
誠実さ・堅実さがよく表れていて、すごく好感のもてる作品でした。
「『蟹工船』よりこっちでしょう」という山田詠美の選評に
僕も同意したいと思います。